IAN-Gの無謀旅日記 〜シドニー編〜

期間 2007年12月31日〜2008年1月6日
(行ってきた人、文、写真=IAN-G 同行者=いません)


↑かつて住んでいたシドニーの「家」。5年前とまったく変わってません。


 2002年、サッカーワールドカップで日本中でベッカムヘアーが町に溢れ、ミハエル・シューマッハーが前人未到の年間11勝をあげたとき、私はシドニーにいた。ワーキングホリデーで一年間オーストラリアに旅立ち、シドニーに腰を落ち着け、仕事をして、パブで酒を飲み、異国の文化に触れて楽しく過ごした。それから5年、もう一度この都市を訪れるにはちょうどいい時期だと思った。そしてバンコク経由片道18時間のフライトで再びシドニーの土地を踏んできました。いくつか大きく変わったところはあったもののそのほとんどが変わってなかった。この旅行中、何度「変わってないな〜」をとつぶやいたことでしょう。住み慣れた街への郷愁と新たな発見が満載の旅の顛末です。

12月31日(月)
 大晦日の朝6時はまだ真っ暗だった。目覚ましが鳴って着替えて、装備を確認し、家の戸締りをしてもまだあたりは漆黒の闇の中。完全にまだ眠っている街を一人大荷物を背負って歩きとりあえず表通りに出てタクシーを捕まえる。寒い!!南国へ向かう旅行だから着るものは極力少なくしたい。当然コートなどはもってのほかだ。Tシャツの上に薄手のシャツを着でその上からジャケットを着込んだのだが、当然寒い!朝方にそうそうタクシーも来るもんではないからしばし我慢して交差点で立ち尽くす。やっとタクシーが通りかかり早速乗り込むと後はもう外気に触れることはない。ひと安心した。
 東京駅に着き、いつものように成田エクスプレスのチケットを買い地下の駅から乗り込む。込み具合は、まあまあ。大体この時間に成田に行く人たちはほとんど旅行慣れしているはずなので実に静かに、落ち着いた車内だった。発車から10分くらいして両国駅の近くから地上に出るといつの間にか空は明るくなっていた。一時間座り続け、さらにポイント故障で10分遅れて成田に到着。今回の旅の不運を象徴するスタートとなった。新しくなった第1ターミナルの南ウイングへ歩を進め、早々にチェックインを済ませる。今回も難なく通路側の席を確保した。
 しかし、すぐにケチがついた。いつもの通り保険に加入しようとしたらいつも利用している会社のカウンターが見つからず仕方なしに違うところで契約した。毎回成田で「いつもの通り」を行い旅の気分を演出しているので、これだけでも大分気勢はそがれるというものだが、それからものの数分後に見つからなかったはずの保険会社のブースを発見してしまう。なんだか釈然としないまま、出国審査を抜けてすぐに飛行機へ乗り込んだ。すでに年末の出国ラッシュはひと段落ついたのだろうか、タイ国際航空のB777には空席が目立った。現に自分の隣2席は人がいなかった。去年あれほど予約が取れずにあきらめ、二の舞にならないように9月にはもうチケットを確保したにもかかわらずこれだけ空席があるとこれまでの苦労は一体何だったのかと思ってしまう。これなら並行してシンガポール航空もキャセイパシフィックもキャンセル待ちにしておけばよかった。A380に乗る千載一遇のチャンスだったのに・・・
 今更後悔しても仕方がない。とりあえずはタイ国際空港でのフライトを楽しむことに専念する。とりあえずビールで一杯、から始めて、食事と一緒にワインを2杯。そして食後にウイスキーを飲んだ後はひと眠りして酔いを覚まし、原稿仕事に明け暮れる。前回のアイルランド旅行の時から装備に加わったノートPCはあらゆる局面で使える。普段パソコンの前に座ってもキーボードをたたく意欲がなかなかわいてこないのだが、飛行機の中のような空間では他にやることもないから実に筆が進む。そんなことをしているうちに6時間が経過し、飛行機はバンコク、スワンナプーム空港に到着した。

↑スワンナブーム空港では日本でお目にかかれない航空会社もちらほら。左ガルフエア、右カタール航空。(どちらもA340)

 昨年オープンしたばかりの新しい空港で近代的なデザインが目を引く。しかしすべてのボーディングブリッジには80歳の誕生日を迎えたラーマ9世国王の写真が大きく貼られていて、その派手さに「やっぱりここも、アジア。」という結論に達した。これから1時間半、ここで次の飛行機を待つことになるのだが、ただでさえだだっ広い空港、しかも言葉がわからないと来ればおとなしく搭乗口にいってひたすらに待つしかないということで早めに手荷物検査を行い搭乗口に向かった。しかし、これが失敗だった。搭乗ゲート周辺には店もなく、ただただガラス張りの空間が続くのみ。しかも手荷物検査は終えてしまったから引き返すことはできない。仕方なしにベンチで本を読みふけり、それからシドニー行きの飛行機に乗り込んだ。
 シドニーまでは所要時間なんと9時間!カンタスの直行便ならブリスベンまで行ける時間だ。よくよく地図を見てみると東京からシドニーまでの直線距離と、バンコクからシドニーまでの直線距離はほとんど変わらない。オーストラリア大陸を見事に斜め横断して飛んでいくルート、つまりものすごく遠回りしてシドニーへ向かっているのだ。少しゲンナリしつつ我慢強く座り続けて、ふと時計を見たらシドニーは夜の11時を回っていた、ゆく年を惜しむ花火が打ちあがる時間だ。そんなお祭り騒ぎとは程遠い静寂の中で2007年は終了し、2008年が始まった。

1月1日(火)
 空の上からの初日の出を楽しんだ。飛行機に乗ってでもないければ見ることができないから、なかなか貴重なものを見ることができた。今年一年いいことがありますように。
 朝の6時半に飛行機はシドニーに着陸。キングスフォード・スミス国際空港は海のまん真ん中に島のように滑走路があるから通路側から窓をのぞくとまるで海の中に入って行ってしまいそうな錯覚に陥ってしまう。実はシドニーの空港を利用するのは今回が初めて。最初にシドニーに来た時はメルボルンから電車だったし、ここを去った時もブリスベンへ向けて電車に乗ったからだ。しかし、知らない空港 トラブルが起きる、なんてことは全くなかった。その設備はほかの国内のどの空港よりも立派だし、係員もとてもフレンドリーだった。特に税関に関して言えば以前ケアンズでひと悶着あったが、今回はそんなこともなく、係りのオバチャンに「ずいぶんいろんな国に行ってるのね〜」とか言われたり、また別のアンチャンには「オーストラリアには随分と来ているのかい?」と言われたり終始和やかなムードで無事通過。さっそく電車に乗ってシドニー中心部まで向かう。電車の古臭さも5年前と変わっていない。途中の駅もほとんど変わっていない。そしてセントラルの駅もやはり何も変わっていなかった。

↑シドニーセントラル駅。青空に時計塔がよく映えます

 今回の宿は駅から歩いて数分のところにありアクセスは良好。とりあえず眠いし、疲れたし、シャワーだって浴びたいから早速チェックインをしようとしたら「部屋が用意できるのは午後2時以降になります」という非情なる言葉が返ってきた。今まで旅をすると大抵はチェックイン時間に合わせて到着していたからそのノリで行ってしまったが、朝っぱらからチェックインさせてくれる宿なんてそうそう無いよな時間は朝8時。あと6時間この街中をさまよわなければならなくなった。ただし、荷物だけは預かってくれるというのでとりあえず軽装になり街へと繰り出す。

 日差しと人通りの少ないうちに、まずは街歩きを始める。気まぐれに決めたルートはタウンホール→ロックス&サーキュラキー→マーティンプレイス→ハイドパーク→ブロードウェイ→チャイナタウンと回った。かつて何度も歩いた土地だから道に迷うこともなく、「変わってないな〜」の連呼が続いた。

せっかく来たからにはこれも写真に収めないと。ハーバーブリッジとオペラハウス

 そして歩き始めてすぐの朝9時。なんと、パブが開いた。イングランドよりも、アイルランドよりも早い!さすが観光立国オーストラリア。ここまでの疲れをいやすにはこれはもう冷えたビールしかない!!ということで早速一杯いただくことにする。一発目はもちろんVB。どこに行っても注文は「a pint of 〜」の中、シドニーにしかない「a scooner of 〜」と言って思わず感激。元気を取り戻して再び街歩きに戻る。昼飯はこれもかつて住んでいた時によく行ったチャイナタウンのフードコートにて海南雉飯を食べた。そのあとも歩き回ったのだが、前回シドニーで正月を迎えたときよりもやっている店が多いような気がした。まあ、今回は観光地ばっかり回ったからなのだろうが。あの時は普通にスーパーとか酒屋しか見てなかったからかもしれない。
 その後もしばらく歩きまわり予定通り2時に宿について荷物をほどきシャワーを浴びる。歩いている間から足の裏が痛かったが改めて見てみると見事に靴ずれ。やっぱり新しい靴でいきなり結構な距離を歩き回ったのがまずかったのだろうか?とりえず水ぶくれは潰して少し落ち着いてから懲りずに再び街歩き。今度はかつて住んでいたサリーヒルズからオックスフォードストリートを通るルートを歩く。セントラル駅から家まで帰る道を歩き、ここでも「変わってないな〜」の連呼。途中何軒もある馴染みのパブでビールを飲んでかつての家にたどりつく。やっぱり何も変わっていなかった、そして普段から留守がちだった家のオーナーはやっぱり留守だった。


↑かつての家路。これを見ただけでどこか分かる人、シドニー在住ですか?

足の痛みにも負けず再び宿に戻り、一息ついてから晩飯を食べに出かける。さすがに元旦だから閉まっている店が多く。とりあえず空いている店で1ポンド以上はあろうかというボリューム満点のTボーンステーキをモリモリいただく。これだけ食べて2000円チョイなのだから実に安い。腹一杯になったところでちょうどよく日が暮れてきた。時間は夜の9時、もう少しだけパブで飲み直して10時過ぎには宿に戻る。さすがに疲労の限界なので今日はこれでおしまい。

1月2日(水)
 いかに一年近くシドニーに住んでいたからと言って、シドニーの観光スポットに通じているかというとそうでもない。それどころかそういった場所にはほとんど行っていないのが実際のところだ。とにかく貧乏暮らしだったから出かけるところといえばグリーブやパディントンのマーケット、それに入場料がタダの美術館くらい。あとは近所を延々歩き回ったことしか記憶にない。
 こんな世界の観光地においてそれはもったいない、ということで。今日は朝起きてすぐにシドニーのフィッシュマーケットに向かうことにした。前日の疲れも酒も抜け、足の痛みも幾分かよくなった。近くの停留所からライトレイルに乗り10分ほどで到着。わりとこぢんまりとした大きさに少し拍子抜けした。そして東京の魚河岸のような活気は微塵も感じられない。魚を買えるのは敷地内にいくつかある規模の大きめな普通の魚屋だけ。
 それでも店先には海老、イカ、鯛、タラなど、面白いものでは太刀魚もあった。そしてオーストラリアといえばこれだけは外せない生カキも発見。朝っぱらから1ダースいただく。値段も普通に街で食べるよりもかなり安く1ダースで15ドルほど。大きさは小ぶりだが、日本のものとは比べ物にならない濃厚な味わいがして朝から大満足でマーケットを去る。
 
 そこから再びライトレイルでセントラル駅まで戻り、電車でサーキュラーキーまで赴き、そのままフェリーでマンリーまで向かう。シドニー近郊でも有数のビーチリゾートの名所だが当然行ったこともなく今回いよいよ初上陸となった。フェリーで約30分、途中でうたた寝を繰り返しながら着いた先は潮の香りと太陽の光あふれる楽園だった。街の目抜き通りをとりあえず歩くとその終点にはビーチがあった。抜けるような青空に、寄せては返す大波が海辺の雰囲気を最大限に醸し出してくれる。残念ながらその大波のせいで遊泳は制限されていたが、日光浴を楽しむ人、ビーチバレーに興じる人、海岸沿いをジョギングする人・・・などなど、どの人も楽しそうだ。一通り海辺の空気を満喫した後昼飯を青空の下食べる。頼んだのはボリューム満点のランプステーキと飽きずに生カキを半ダース。青空の下で食べるととにかくうまい!


↑毎回でスイマセンが、一言。いや〜、生カキって本当にすばらしいですね〜
 
↑マンリーのビーチと中心街。これぞ、南国のリゾート!


 大満足でマンリーをあとにして今度はパラマタ川クルーズに向かう。ハーバーブリッジから船で西に行くのも実は初めて。出発まで少し時間があったのロックスにあるブリュワリーパブ「ロード・ネルソン・ブリュワリー」で一杯ひっかける。ここも小麦ビールに始まり、ラガー、ペルエール、ダークエールなど種類は多様だったが雰囲気も味もタウンスビルのあそこにはかなわないな、との結論。

↑シドニー湾を西にさかのぼるとここに来ます。シドニー近郊の都市パラマタ。

↑日本の地方都市の駅前ではありません。ここは、パラマタ駅前。

 再び港に戻り、今度はパラマタ川を上っていく。こちらも30分ほどで終着点のパラマタに到着。シドニー近郊でも有数の都市であるここは交通の要所でもあり、バスも電車も充実している。駅前は大型商業施設が駅とリンクしていて、日本の地方都市の駅前を思い起こさせてくれた。とりあえず街を軽く歩き回ってから電車でパラマタを後にする。
 ストラスフィールドで鈍行に乗り換え。近年新たな観光スポットとなりつつあるニュータウンで途中下車。ストリートアートが溢れる遊び心あふれる街で見ていて飽きることがない。適当にカメラにその風景を収めていたらその中でやけに濃いキャラクターを看板にしているメキシコ料理屋を見つけ、早速タコスを注文する。愛用していたシティ中心部のタコベルがなくなってしまったので無性にタコスが食べたかったのだ。本場の味を再現したそれは実にうまかった。ただ、かなり辛いと脅された辛口サルサソースは言うほど辛くなかったけど。


↑ニュータウンはアートであふれています。建物見ているだけで一日飽きることがありません。

←こんな看板のタコス屋があって入らないというのは無理ってモンでしょう。

 再び電車に乗りセントラル駅に戻り、宿で一休みしてから晩飯を食べに再び外出。今日は昼間にいっぱい食べたので軽めに、ということでベトナム料理屋で牛肉のフォーを食べる。もちろんサイゴン市内で食べたものに比べれば負けるが付け合わせの生もやし、パクチー、蓼の葉、レモングラスなどのオールスターは健在。腹一杯になったところで酒をしこたま飲んでほろ酔い加減で宿にもどった。足の痛みも日焼けでヒリヒリした肌もこの時間になってみれば実に心地いい。明日もいいことがありまようにと願いつつ寝ることにする。ああ、今日も疲れた。

1月3日(木)
 いつの間にか旅行中に電車でさらに小旅行するのが恒例となったが、今回もそれに倣い遠出をすることにした。候補地だったのはニューキャッスルかブルーマウンテン。どちらにせよ到着してから歩きまわるのだけは確実だから、後は移動時間が決め手となるのだが、ニューキャッスルまでは3時間近くかかるらしい。迷わずブルーマウンテンに行くことにした。
 時刻表を確認してチケットを買ったら残った時間で朝飯を食べる。駅構内で空いているのはHungry Jack's(他の国ではバーガーキング)だけ、いきなりボリューム満点のWhopperを注文した。何度も感心するのだが、肉もポテトもどこかのMで始まる店よりも桁違いにうまい!これが再び日本で食べられるというのはうれしい限りだ。(←このままの味なのかは定かではないが)。腹ごしらえも完了したのでいざ電車に乗り込む。ブルーマウンテンのベースとなるカトゥーンバまでは約2時間。朝日で輝く風景を幾分まどろみながら眺める。若干雲が多く途中の駅のホームでは雨が降った後もあったが雲の隙間からは青空も見えているので心配はなさそうだ。
 カトゥーンバの駅に着いたのは午前10時。世界中から観光客が訪れるシドニーから日帰りで行ける世界遺産ということで、とにかくここも観光客が多い。5年前もいつかは行きたいとだいぶ計画だけは練ったのだが、ついぞ訪れることはなかった。念願かなっての今回の訪問となった。
 さすがに雄大な自然をめぐるのだから歩いて回るのは無謀。シドニー市内発のツアーもあるが、基本的にそいういった類のものが好きではないので、主要な観光スポットを循環しているエクスプローラーバスのチケットを買い、早速乗り込む。ロンドンから輸入したダブルデッカーが骨董品のようなエンジンをフル回転させて上り坂を上がっていく。とりあえずカトゥーンバの滝でバスを降り軽い足慣らし程度に歩いた後はそこからウォーキングコースを歩いて奇岩スリーシスターズを臨むエコーポイントまで向かうことにする。
 天気は晴れたり曇ったりで時に若干肌寒いくらいだが、いざ歩き始めるとTシャツ短パンくらいの軽装がちょうどいい。ほとんどの人が街を歩くような恰好をしている。その気になれば全部バスで回れるのだからそれもそうだろう。途中道の隙間から見える渓谷の風景も見事であり、エコーポイントでの絶景へ期待は否が応でも膨らんだ。が、ついたところはすっかり人の手が加わった大展望台となっていた。近くまでバスは乗りつけ、道は舗装され、コイン式の双眼鏡があり、お土産屋もあり、英語、フランス語、中国語、韓国語、ヒンズー語、日本語などなど、ありとあらゆる言葉が飛び交う場所だった。あまりの人ごみに疲れは倍増し、お目当てであるスリーシスターズを近くで騒ぐ子供たちの声をBGMに眺め、カメラに収めてそそくさと後にする。

↑エコーポイント(左)から撮影した奇岩スリーシスターズ(右)。ここも、世界遺産です。

 再びバスに乗り込みいくつかの見どころを紹介されたが通り過ぎ、ルーラの街でいったん降りる。腹も減ったし、何よりこの疲れをいやすためには酒しかない!ということでとりあえず街を散策したがパブがない!街のメインストリートにパブがないのだ。とりえずパブがないということならばさっさとカトゥーンバまで戻るのが一番、と次のバスを確認し最悪の事態も考えてルーラの駅でシドニー行きの電車の時刻も調べていると。駅の反対側の街道沿いにパブを発見し一気にビールを流しこむ。

↑ルーラでの一番の収穫。いいパブとのめぐり合いは突然にやってきます

 そして、落ち着いたところで店内を見回してみるとここのパブ、広さといい、雰囲気といい、店のオバチャンまで実にレベルが高い。思わぬ大発見をして気分を良くしもう一杯飲んでから一路カトゥーンバに戻った。
 シドニーまでの電車が出るまではまだ時間があったのでこの時間を利用して昼飯を食べることにする。懲りずにまたランプステーキを頼んだら、来たよ。ものすごいのが。肉の大きさもさることながらとにかく付け合わせのチップスとサラダが多い!マクドナルドのLサイズのポテトが2つ分と、まちがいなくレタス一個分という量のサラダがついてきて、いかにここまで長い距離を歩き腹が減っているとはいえさすがにこれは多過ぎる。なんとか完食したものの苦しい。電車の中でおとなしくしていられるのがせめてもの救いだった。

 当然シティに戻っても腹は減らず、それでも夜中に空腹で起きるのは避けたいので、シャワーを浴び汗を流してから軽く何かを食べに外へ出たのだが、さすがこの国はどこに行ってもボリューム満点の料理ばかりで結局一番皿が小さそうな排骨飯を食べる。これを食べたらもう洒落抜きで酒も入らないくらいに苦しいので今日はこの辺で終了。明日は少しのんびりしよう。

1月4日(金)
 シドニーについてここまで3日間。基本的に疲れることしかしていないことに気づいた。とにかく歩いて歩いて歩き倒す日々だ。別にそれが嫌かと言われればむしろ大好きなのだが、さすがに足の裏の真ん中に靴ずれで水ぶくれができて、腕は動かすだけでも痛いほど真っ赤に日焼けし、その上で脚と肝臓を酷使しているのだからせめて一日くらいはほとんど何もせずにのんびりしたい。とりあえずフィッシュマーケットにて生カキとエビのカクテルを食べてからボンダイビーチに向かう。日がな一日何もしない算段だ。

 ↑ボンダイビーチ。まぶしい太陽、青い空、青い海、水着のオネーチャン、言うことなし!!

 ボンダイビーチまではまず電車でボンダイジャンクションの駅まで行き、そこからバスに乗り換えて10分程度。5年前に住んでいた時は気合さえ入れれば駅までは歩いて行ける距離だったので(途中センテニアルパークを横ぎるが)何度か足を運んだところだが、ここもやっぱり「変わってないな〜」だった。ただ、シティから姿を消したタコベルがボンダイビーチでも撤退してしまったらしくそれだけが残念だった。大好きだったんだけどなぁ・・・
 とりあえずビーチの様子をカメラに収め、砂浜を少し歩いたらあとは延々ベンチでボーッとした。今東京が最高でも10℃行くか行かないかという時に気温27℃という暑すぎない気候の下、さんさんと降り注ぐ太陽を浴びながら浮世のことをすべて忘れてボーっとしていていいのだろうか?いや、いいに決まっている。昼飯は近くのカフェにてラム肉の入ったパスタを食べる。「イタリアを除く外国でパスタを食べるのは分の悪いギャンブル」とにかくパスタがゆですぎている場合が多いのだが、今回はその賭けに勝った。見事にアルデンテで、トマトソースも一緒に煮込んだラム肉もしっかりと存在感を出していた。しかし、その勝った余韻に任せて立て続けにビールを飲んだら折からの直射日光もあってあっという間に酔っぱらってしまった。とりあえずこういうときのために常備している仁丹を口の中に放り込み少し落ち着いてからボンダイを後にする。
 とりあえずボンダイジャンクションの駅までたどり着いて電車に乗ったのまでは覚えているのだが、タウンホールで降りたのか、セントラルで降りたのか記憶が無い。まあ、なんとか宿にたどりついて1時間ほど眠ったら少しは酔いもさめたのでお土産さがしを兼ねてダーリングハーバーまで行くことにする。いくつか買い込んでピアモントブリッジ経由でシティに戻り紀伊国屋書店でしばらく本を眺めていたらすっかり元気になった。
 荷物を宿に置き晩飯を求めて再び街に出る。よくよく考えたらここまでパブ飯を食べていなかったので宿の近くのパブでラムステーキ(タンドリー風味)を食べる。付け合わせはリゾットと葉野菜。サワークリームベースのソースと何ともシドニーらしい組み合わせの料理だ。あっという間に平らげて、その後も酒を求めてパブをはしごする。週末だけあってどこのパブも人でいっぱいだ。シドニーのナイトライフともこれでまたしばらくお別れ、と思うとやっぱり少し寂しい。もう少し遅くまで飲んでいたかったが突如降り出した雨に背中を押され宿に帰った。実に充実した一日でした。

1月5日(土)
 いよいよシドニー滞在も今日で最後。宿をチェックアウトしたらあとは空港に向かう夜までフリーだ。しかし朝起きて窓から外をのぞいてみると、なんと雨が降っている。昨晩から雲行きが悪くなっていたとはいえ、まさか朝方まで降っていたとは。これでは今日の予定をいくつか変更しなければならないか、ものの5分ばかし考え、ふと窓を見たらもうやんでいた。それどころか青空まで出ている。どうやら細かい霧雨が雲がかかったときだけ降ってくるらしく実に煩わしいのだが、この程度の雨なので予定通りまずはパディントンのマーケットに向かう。かつての記憶ではオックスフォードストリートを少し歩いたらつく感じだったのだが、実際に歩くとこれがいつまでたっても見えてこない。結局小一時間かかって会場の小学校に着いたのだが、その間も雨は降ったりやんだりを繰り返していた。短い時には信号待ちをしている間に一瞬だけ降るなんてこともある。

 ↑パディントンのマーケット。観光客向けのマーケットであるという点は否めませんが・・・

 帰る道すがらこの通り沿いにたくさんあるオシャレな店を見て回り、そこから再びサリーヒルズに足を踏み入れる。 モダンデザインの工芸品を展示販売するオブジェクトギャラリーにまず向かった。かっこよくてかさばらないものというと、ポーチくらいしかなかったが。なかなかいいものが見つかったのでお土産用に購入した。レジのお姉さんと世間話をすると以前日本に3か月ほど滞在していたという。しかも場所が高田馬場というではないか!そんな言葉をまさかサリーヒルズで聞くとは思わなかった。色んなところで世界はつながっていると改めて実感した。
 そこから次はサリーヒルズの月一回のマーケットに足を運んだのだが、まだ松の内だからか、それともこの折からの雨によるものか今日はやっていなかった。その代わりと言ってはなんだが近所で本当に車庫の一角を使った正真正銘のガレージセールがつつましやかに行われていた。売っているものは古着に始まり、鏡、はさみ、間違いなくロンドン土産の地下鉄路線図入りのトレイ、むき出しのゼンマイ、マンガに出てくるオールドファッションなネズミ捕りまで、いささかガラクタばかり集めてきたようにも見えるが、しかししっかりとガレージセールをガレージセールたらしめているものばっかりだ。しかもどれもただのガラクタではなく、まだまだ現役、もしくは2次利用に耐えうるものばっかりで老若男女問わずじっくりと品定めしているところに遠いUKの面影を見ることができた。
 さらにサリーヒルズを南に下り次に着いたのはサリーヒルズショッピングビレッジ。まあ、なんてことはない。この地区唯一のショッピングセンターで、小さいながらも肉屋、魚屋、薬屋、レコード屋、郵便局にニュースエージェンシーにマッサージスタンドまである地元民にとっては使いやすい場所である。そう、5年前にここサリーヒルズに住んでいた時もここのスーパーでよく買い物をしたものだ。そして、お土産を買うという目的もあり、5年ぶりにここでかごを持って買い物をすることにした。さすがに品揃えだけは「変わってないな〜」からは程遠いものだったが、陳列棚の位置やその圧倒的な量はそのままだった。買ったのはチョコレートクッキーとエコバックだけだったが、久しぶりの感覚に大満足して後にした。昼飯はかつての家の近くのパブでまたしてもランプステーキを食べる。ここはほかのパブと違いキッチンが見える点で安心できる。ここのパブのレベルの高さを改めて再認識してサリーヒルズを後にした。

↑サリーヒルズ・ショッピングビレッジ。あまりの変わらなさに思わず感嘆の声が漏れましたよ。

 サリーヒルズからセントラル駅に向かう通いなれた道を通りそのままチャイナタウンに抜けてお土産を買いそろえたところでついに疲労がピークに達した。眠いし足も痛いし。しかし、こんなシティ中心部から離れたところで音を上げても何もならないのでとりあえず根性でサーキュラキーまで歩く。最後の目的地であるオーストラリアワインセンターでワイン探しをする。本来ならアルティモにもう少し大きなワイン屋があるというのだが、電車はおろかバスもあまり通らないところで、この見事に棒になった足では行って帰ってくることは不可能なのであきらめた。
 で、サーキュラーキーに話を戻すが、ここの素晴らしいところは日本まで宅配便で発送してくれるところだ。さすがは世界の上顧客。6本以上で受け付けてくるれるというのでさっそく6本吟味する。一本目は2007年、できたてのロゼ。次はすっかりオーストラリア名物となったスパークリングシラーズ、赤いスパークリングワインだ。そして地元ハンターバレーの白が2本とバロッサバレー、ヤラバレーの赤が1本ずつでこれでめでたく東京まで運んでくれることになった。宅配の手続きをしながら店のオッサンと世間話をしている頃には足も落ち着き、最後に薄曇りのシドニー湾でハーバーブリッジとオペラハウスを目に焼き付ける。次間近で見られるのはいつになるのだろう。青空の下で強烈なインパクトを残してくれなかったのはせめてもの救いだった。電車に乗って中心部に戻り晩飯(インドカレー)を食べてパブで時間をつぶし、宿に戻って荷物を受け取り空港に向かう準備を整えた。
 ここまでの疲れを考えればバスでもタクシーでも誰も非難することはないだろうが、今回もシドニーの第一歩をセントラル駅から始めたのだから最後もセントラル駅で別れを告げるべきだ。最後の一杯も5年前と同様駅の中にあるパブでVBを飲みホームに向かうとすぐに電車が来た。
 シドニーの空港線はいささか非情なきらいがある。なにしろ駅を出るとすぐに地下にもぐってしまうのだ。あっという間に人を旅モードにしてしまった。ある意味強制的にこの都市への未練を断ち切ってくれたことには感謝しないと。

 夜のシドニー空港は昼間の混雑に比べれば人の数は少ないが翌朝到着になる東京行、ドバイ行き、クアラルンプール行きなど人気路線が出発するためなかなかの盛況ぶりだった。ほとんどの人がタイ系やインド系である。そこで自分の乗る便を確認したのだが、目的地には”BRISBANE”の文字が、そして続けてバンコクの文字が出てきた。なんかの冗談だろうと改めて確認すると、なんと帰りの便がブリスベン経由だという。 もともとなかったのは重々承知だが、ここで今回の運も尽きたということか。その後の手荷物検査でまたしても別件で調べられる。「毎回オーストラリアに来るとこうだよ!」と毒づくと、「ランダムでお願いしています」とにべもない返事。その眼は間違いなく真実を語っていないようにみえる。ちゃんと「お前は怪しい」くらいのことを言ってくれればこっちも気をつけるのだが、しばらく不満を吐露していると最終的に「安全のためですから」と強引に送り出される。とりあえず飛行機は無事にシドニーを発ち、ブリスベンでの強制退去→手荷物検査を経てバンコクへ向かった。ブリスベンも雨がしとしとと降り続いていた。

 今回の旅はあまり運のない旅行だと文中何度も呟いていましたが、この後日本に帰ってからシドニーをはじめとするNSW州が記録的な大雨に見舞われたということを知りました。最終日に降ったりやんだりしていた雨はこの前触れだったわけです。それを考えると今回のたびもあながち運がなかったというわけではなさそうです。


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