IAN-Gの無謀旅日記
〜ロンドンの休日編その2〜
期間 2010年11月2日〜2010年11月6日
(行ってきた人、文、写真=IAN-G 同行者=いません)
↑ストが相次いだ11月のロンドン。市民はもちろん観光客も大迷惑をこうむりました。
〜サンパウロ編からの続きです。〜
11月2日(火)
ロンドン、そしてサンパウロに向かう便が赤ちゃんの鳴き声でけたたましかったのに比べればBAのサンパウロ便は非常に静かなものだった。心配だった席も隣がいなかったので広々使えたし、そのおかげでそれなりに眠ることができた。機体右側から朝日が見えてくるころにはもうドーバー海峡の上。ほぼ時間どおりにヒースロー空港に着陸した。
相変わらず無駄に広いターミナル5だ。イミグレーションは乗客のほとんどが帰国するヨーロッパの人たちなので行列も少なく、逆に外国人の列の方が空いているくらい。いつもの質問攻めもなく入国でき、荷物もそこそこ早くきたし、税関で若干怪しまれたくらいで終了。さあ、ココからはいつもの風任せ一人旅だ。足の向くままロンドン市内へ向かうことにする。
いつもなら迷わずヒースローエキスプレスなのだが宿に入るまで時間もあるのでピカデリー線でトロトロと行くことにする。通勤の時間帯でかなりの混雑だが座ってしまえばこちらのもの。満員電車でも安心して乗れる環境に感謝にないと。
いい味出しているやや郊外の停車駅を楽しみながら乗換えをはさんでチャリングクロスの駅に到着。荷物をレフトラゲッジに預け身軽になってからぶらぶらと歩き始める。
↑そういえばロンドンでもバイクシェアサービスが始まりました。といってもまだロンドン在住の人限定、しかも年間契約しかできません。
コースはフリートストリート(Fleet st)からアルディッチ(Aldwytch)、ルドゲートサーカス(Ludgate Circus)に抜けてホルボーンへ(Horborn)と向かうシティの目抜き通りを選んだ。今までこの辺の道はほとんど通ったことがなかったのでパブでも撮りながらゆっくりと進む。
午後は昼飯にはお決まりのうなぎを食べてから主にノーザン線の駅を途中下車しながらまた徘徊。このころにはパブも空いているので眠気覚ましにエールを飲みながらの行進だ。なかなか気分がよくなってしまい、予定よりも遅れてチャリングクロスに戻り、荷物を受け取り宿に向かう。
今回とった宿はエアアジア系列のホテル「Tune Hotel」。日本にも就航することになり、ゆくゆくは乗ることになるとも思うのでまずはホテルでそのスタイルを知っておこうというわけだ。最寄の駅はベイカールー線のLambeth
North駅。乗り換えは無いが主だった観光地には一本でいける手軽さがいい。同じビルにコーヒーショップ(オランダのアレではなく、普通にコーヒーを飲むところ)があり、隣はパブ。ここが何よりすばらしい。
部屋に入ると「狭いながらもきれいで、ベッドは快適、しかしそれ以外は全部有料」というタイプでこれがなかなかに勝手がいい。タオルは持参だし、洗面道具等は飛行機のアメニティキットをそのまま使うので必要なし。情報収集のためのテレビとWifiサービスは予約の段階で追加しておいた。鍵はICチップでかざすだけで解錠、窓からはヒースローに向かう飛行機も見えてシンプルを好む一人旅には大変好都合な宿だ。まずは長旅の汚れを落として少し落ち着いてから再び出かける。
毎度の地下鉄めぐりなのだが、向かったのは旧イーストロンドン線のWappingという駅。テムズ川北岸のこの駅はホームのすぐ先にロンドン最古の川底トンネル、テムズトンネルがその口を開いている。いまや当たり前となったシールド工法で作られた世界初のトンネルで、開通は1843年。1863年に開通する世界初の地下鉄、メトロポリタン鉄道に先んじること20年、ロンドンの都市交通の中で最古のインフラなのだ。もともと歩行者用のトンネルなので電車が通るにはややおしゃれな雰囲気で、しかも駅自体がそれほど人の多いところでもないので、この先が遠い昔の時代につながっているかのような錯覚に陥る。まあ、結果対岸の駅なのだが。
(左)ややくびれた馬蹄型の断面がチョイとおしゃれなテムズトンネル。現代的なデザインのホームとのギャップがそのスタイルを際立たせています。
(右)古い高架橋を再利用したHoxton駅。開通してまだ半年ですが、もう”HOX”のライトが切れてますよ。あと地下鉄マークの上半分も。
そのままさらに電車に乗ってこの春に延伸された区間へ行く。前回は開通直後で何の気なしに乗ったのだが、改めて調べるとここもかつての廃線跡を再利用したのだそうだ。1986年に廃止され取り壊されたブロード・ストリートという駅から延びていたKingsland
Viaductと呼ばれるもので、やや角が取れたようなレンガ積みの構造は時代の経過をそのまま映し出しているようで、それに最新の設備が合わさり独特の雰囲気を漂わせている。車窓からの風景はすでに真っ暗で分からないので駅自体もその構造物を使っているHoxtonという駅で降りてみることにする。すでに日が暮れた駅舎はやわらかく照らされて非常にいい雰囲気なのだが、駅自体が裏通りにあり、とにかく人が少ない。今回から導入した首からぶら下げるタイプのカメラで写真撮る空気ではないな、と感じたので、ここはいつもの手に隠れる大きさのカメラで撮影。そこそこで終わらせて近所のバス停から離脱。中心部に戻ると疲れ、というより睡魔が猛烈に襲い掛かってきたので晩飯もそこそこに宿に戻って即ダウン。やっぱりベッドで寝るのが一番だ。
11月3日(水)
夜明けとほぼ同時、7時には目を覚ます。今日はロンドンの中でもきわめて早起きのところに行くので早速外に出たのだが、どうもいつもと様子が違う。最寄のLambeth
North駅が閉まっているのだ。始発の時間はとっくに過ぎているのに何やっているんだ、と思いながら入り口にある掲示板をみると”Strike”の文字が。え?スト?そう、今日一日ロンドン地下鉄がストで大幅な縮小運行になっていたのだ。電車の本数は減り、乗り換えの無い駅は通過、そしてほとんどが終点まで行かず途中駅どまり。通勤客にとっては大迷惑この上ない一日となった。
幸い今日の最初の目的地であるスミスフィールド(Smithfield)はナショナルレールのテムズリンクでも行けるところなのでこれの停車駅であるひと駅先のElephant&Castleまで歩いて問題なく行くことができた。
↑重厚な建物のスミスフィールドですが、トラック、発泡スチロール、フォークリフトに囲まれ、築地にも共通する市場の雰囲気が感じられます。
スミスフィールド、12世紀から続くロンドン最古の食肉市場である。普通のオフィスと変わらない時間で営業する普通のマーケットとは違い、築地のような卸売市場のため仕事時間は完全に昼夜逆転。町が動き始めるころにはすでに多くの人がその日の仕事を追えていて閑散としていたが、市場の建物は威厳十分でその歴史を雄弁に物語っている。まずはひとくされ写真を撮ってから朝飯。
当然仕事の後には一杯、だからこの周辺のパブは朝開くのが早い。その中でボリュームの多さで有名な英国式朝食の究極形が市場の地下にあるパブで食べられるというので迷わず注文。ベーコン、ソーセージ、ブラックプディング、目玉焼きまでは一緒だったが、さらにそれにステーキ、レバ、腎臓がついてきてこれでもかのボリューム。すぐ上が市場だからどれも新鮮。朝っぱらから1ptのエール片手にガツガツと食い進むも胃袋の働きは順調。サンパウロでフェジョアーダをはじめとしたボリューム満点の食事をしてきたことがここで活かされているようだ。そうでなければ一日の食事はこれで終わっていたはずだ。
腹ごなしをかねて周辺を歩き回ってからかろうじて動いている地下鉄でパディントンを目指す。ロンドン市内が満足に動けないなら地方に出るのが得策。本来なら明日行く予定だったスウィンドン(Swindon)に行くことにする。早速チケットを買い、列車に飛び乗ると一時間ほどで到着した。
この町はかつては英国4大鉄道会社のひとつグレート・ウエスタン鉄道(GWR)の機関車整備場があって、現在その跡地にはGWRの博物館がある。まずはこれから見ることにする。鉄道の父ジョージ・スティーブンソンのふるさとでもあり、英国の鉄道の歴史を網羅したヨークの鉄道博物館に対し、こちらが紹介しているのはGWRのみ。しかし、ロンドンとブリストルという貿易の2大拠点を結ぶことで繁栄を極め、幾多の吸収、合併を経てもオリジナルの名前のまま1948年の鉄道国営化までその名前を残した会社だから機関車から関連品まで充実の展示内容だ。先日行ったロンドンのテムズトンネルの工事にもかかわったイザムバード・キングダム・ブルネルが鉄道技師としてかかわり、広軌を採用するなど進化の過程も他の地方とは一線を画している。平日昼間だというのに昔を懐かしむお年寄りや社会科見学に来た小学生で結構にぎわっていた。
↑GWRの汽車のふるさと、スィンドンの鉄道博物館はズバリ”STEAM”。この国の鉄道黄金期のよき雰囲気を楽しめました。
一通り見終えてからはバスに乗って市内を移動。まず最初に一日乗車券を中心部の窓口で買おうと思ったら係りのおばさんにきっぱりと”NO”と言われた。そのブレの無い直言ぶり、「鉄の女」マーガレット・サッチャー元首相を思い出させてくれる。口調からして「すいません、あいにくここでは売っていないんです」のニュアンスではなく、間違いなく「そんなの無い!」という感じだ。どうやらバスに乗るときに運転手から買うものらしいのでその通りにする。相変わらずこの国の窓口係は愛想というものを知らないようだ。でも、クレーマーは出ないだろうからその点だけはいいよな。(←その代わり些細なことでも裁判沙汰にはなる)
気を取り直してこの町のもうひとつの名物、マジックラウンドアバウトを見に行く。何のことは無い交差点なのだが、侮ってはいけない。五差路の中心の大きなラウンドアバウトを囲むように5つの小さなラウンドアバウトがあるという世界中でもここを含め5箇所ほどしかない非常にレアな交差点なのだ!標識を見ると難解極まりないように見えるが、基本は普通のラウンドアバウトと同じ通過方法なので戸惑う車は少なく、信号機がないのに車が整然と通過していくさまがまさに魔法のようだ。
↑スウィンドンが世界に誇るマジックラウンドアバウト。実際に走っているところを見ないとそのすごさは分からないと思うので>こちら<からどうぞ。
吹きさらしの中カメラ片手に満足するまで見終えてから今度は旧市街に向かう。もちろんパブめぐり。こういうところのパブはいい味が出ているところが多いから期待大だ。そしてその期待通り最初に見つけて入ったパブから地元の常連から一斉ににらまれるというこれ以上ない歓迎を久々に受けた。え?もちろん歓迎ですよ。扉が開いて東洋人らしき男が入ってから、カウンターの前についてビールを頼むまで店内の全員が(店のオヤジも含めて5人くらいだけど)自分を目で追っている。つまり建物の中にいる人達の注目を独り占めにすることができるのだ。ただし、「なんだ、普通に酒を飲みに来た客だ」ということが分かるとその後は再び元通り新聞読んだりおしゃべりしたり、場違いな日本人がいても全く気にしない。こういうのが都会のパブとはまた違った魅力だ。この調子で日が暮れるまで歩き続け飲み続け、ロンドンに戻る。
相変わらずストは続行中。最悪タクシー帰りも覚悟したがバスの路線図を確認したら一本で宿まで帰れるようなので一安心。オックスフォードストリートやピカデリーサーカス、トラファルガー広場などめったに通らない道を進む。窓から見える地下鉄の駅はそのほとんどが閉鎖し、帰り方を訊く人たちであふれかえっていた。
夜の10時ごろ宿に到着。パブで飲みなおし、向かいのムスリム料理屋で遅い晩飯を食べて今日も終了。
おそらくストのおかげで毎回帰宅困難者になることの多いロンドン市民の方が東京都民よりも危機管理能力が、若干ではあるが上かも知れない。そして地下鉄がないとロンドンは大変だということも身をもって知ることができた。
バスの2階から見た、オックスフォード・サーカス(Oxford Circus)の駅前で途方にくれる人たち。無事に帰れたのでしょうか?
10月4日(木)
相変わらず7時ごろに起きて9時ごろ出かける。シティのはずれをブラブラしつつ、オフィスワーカーを気取って軽く朝飯を食べてから本格的に行動開始。まず向かったのはイーストエンド。スピタルフィールド(Spitalfield)の骨董市がやっているというので冷やかしにいってみる。イーストエンドの古くからあるマーケットなのでものすごい歴史のある建物か、青空市場を想像していたが意外なことにものすごく新しい建物だった。周辺に地下鉄の駅はないにもかかわらず結構な数の人が詰め掛けている。ツアーらしき集団もいて、カメラ人口も多いのでこちらもおおっぴらに撮影。時間が早いので周辺のパブは開いていないが、建物は古いものばかりなのでこちらも車に気をつけつつ撮影していく。
(左)わたくし思うところのイーストエンドのイメージにぴったんこカンカン!の街並み発見!ここにたどり着くまでにずいぶんかかってしまいしたねぇ。
(右)スピタルフィールズ・マーケット内部。ここ寄って、パブで飲んで、ブリックレーンを歩くのがこの界隈の楽しみ方、だと思う。
そこからブリックレーン(Brick Lane)と呼ばれる通りに出たのだが、こちらはエスニックコミュニティ。それもベンガル人、いわゆるバングラデシュ出身の人たちが多いらしく通り沿いにはバングラデシュ関連の店だらけ。海外送金を行う銀行には「本日1タカ=○○ポンド」なんて書いてある。(”タカ”はバングラデシュの通貨単位のことです)。この周辺に共通して言えることだが、ヨーロッパ風の建物の合間にうっすらとガーキンビルが見えることだけがかろうじてここをロンドンであることを示してくれている。
次に向かったのは西部郊外のチズィック(Chiswick)。枯れ葉が舞い散るのどかな場所で、ここに何があるかといえばロンドンでおなじみのリアルエール「Fuller's
London Pride」の醸造所がある。見学ツアーは団体予約が必要なのではなから無理だが、誰でも入れるブリュワリーショップはあるのでそこに向かってみる。相変わらずパブを見つけてはカメラに収めつつの道中、入るとほとんどのパブのエールはもちろん”London
Pride”。この近辺で飲むとリアルエールの鮮度の大切さが非常に良く分かる。言葉にするのは難しいが、新鮮さの前にはいい具合の熟成も何も不要、というのが率直な感想だった。
↑この辺まで来るとパブも広々とした郊外型に。この周辺の”London Pride”はシャレ抜きで一味違います。
10分ほど歩いてブリュワリーに着く。午前のツアーが終わったばかりなのか店内は買い物客でいっぱい。とにかくエールの種類が豊富で日本でも少数は手に入るビンテージエールが日本の5分の1くらいの値段で、しかも2005年くらいまでさかのぼって売られているほか、樽熟成させたオールドエールにダンボールとプラスチックの容器に入れられた20リットル入りのカスクエールなどもあって見るもの見るもの欲しくなってしまうが、何しろ今回は荷物が多いのでいつもどおりパブマットとハンドポンプにつけるバッジを買う。そのあとは醸造所のとなりにあるパブで昼飯にキドニーパイを食べながら新鮮なエールをいただく。気分的なものもあるのかもしれないが普段飲んでいるものよりもおいしく感じた。それだけでもここまできた甲斐はあったというものだろう。
再び電車に乗って今度はリージェンツ運河の方へとんぼ返り。ここでも枯葉の町並みとパブを楽しんでいったん宿に戻る。
少し休憩して晩飯を求めて再び外へ。やっぱりヨーロッパにきたら生カキということで唯一知っている、と書くと聞こえはいいが実際ここしか知らないバラ・マーケット前のオイスターバーに行く。仕事終わりに一杯、という結構な数の人だかりを掻き分け「生牡蠣食べたいのだけど」と店のアンチャンに言うと「席を確認するからちょっと待ってくれ」と返ってきた。店内はガラガラだったがそのほとんどが予約済みとのこと。結構な人気店らしい。幸いカウンター席が1つ空いていたのでありがたく座らせてもらい今シーズン初の生カキを無心で食べる。日本人が一人で乗り込んでくるのはそれほど珍しくないはずだが混雑していないからか店員の皆様もよく話しかけてくれる。カキとおしゃべりを楽しんでからはクリスマスイルミネーションが点灯したオックスフォードストリートを歩く。東京に住んでいても新宿、渋谷、原宿にあまり行かないのと同じようにこの界隈はあまり通らないのだが、たまにはこういう人通りの多いところも歩きたくなる。人ごみは勘弁ですがね。飾りすれすれのところを2階建てのバスが通り過ぎていくさまは香港を髣髴とさせる。さすがキリスト教の国はこの飾りのスケールも違う!と関心。外国のクリスマス商戦をこの目で見るのも実に8年ぶり。しかも前回は南半球、シドニーだったから真夏の太陽の下でのクリスマス。寒い時期に異国で感じるクリスマスという感覚を初めて味わうことができた。
←まるで夜空に浮かんでいるようなイルミネーション。これぞ、クリスマス。
晩飯ついでに飲めるパブももちろん探しつつの散歩だったが、昨日のストで飲めなかった反動からかどこも満員。それどころかどこも道にまで人がはみ出ている。この周辺で晩飯を食べるのは時間がかかりそうなので最終的に宿の隣のパブに落ち着いた。ここのパブ飯はタイ料理がメインなのでタイカレーと炒飯をチョイス。一番辛いのを頼んで口の中をヒイヒイさせながら宿のベッドに大の字になった。
11月5日(金)
2日前の地下鉄スト興奮冷めやらぬうちに今日はBBCがスト。番組は放送されているものの「ストにより特別編成でお送りします」ですって。キャスターの後ろに映る報道センターに今日は人が誰もいない、モニターも真っ暗だ。ま、これは実生活にあまり影響しないのでニュースと天気だけを確認して今日も元気に行動開始。しかし、空はどんより曇り空。午後からは雨も降るらしいからそれまでに街歩きはやっておこうと、まずはセント・ジェイムスパーク(St.James'
Park)へ。
空は灰色だが、芝生の緑と枯葉の黄色は実に鮮やか。通勤する人、ジョギングする人、観光客が入り混じっている。鳩にペリカン、リスなど動物もここが根城らしい。公園をぐるっと回ったらそのまま大使館やコモンウェルスの事務局が立ち並ぶ一角を抜け場所を移動。雨が降らないうちにまたしてもトレリックタワー(Trellick
Tower)を撮りに行くことにする。なんだかすっかりこのビルにはまってしまった、人の家なのにね。地下鉄に乗って向かうときにBBCの放送センターを通ったがデモ行進で結構な人数が集まっていた。カメラも準備万端、世界中にこの様子を流すくらいは朝飯前だろう。横目にしつつ通り過ぎる。
↑曇り空でにも映えるトレリックタワー。この建物の写真のみを集めたページもあるのでお時間許しましたら是非。
ゴルボーン・ロードに到着。前回よりも行動範囲を広げていろいろな角度からカメラに収めた。週末なのでマーケットも出ていて人出はそこそこ。いつも出ているモロッコ料理の屋台(トレリックタワー周辺はモロッコ人コミュニティ)も盛況なのだが、予定より早く雨が降ってきた。こうなると青空市場は品物を片付けようと右に左に大騒ぎのはずなのだが、みんな悠然と構えて動こうとしない。古着も古本も濡れ放題、食べている昼飯にも雨が吹き込んでくる状態なのに。泰然としているというか、ただ面倒くさいだけなのか。明日売り物にはならないと思うぞ。
撮影はこれで切上げて今度は一気に東部郊外に向かう。途中シティのパブでベイクドビーンズがたっぷりかかったジャケットポテトの昼飯を食べてから向かったのはなんでもない住宅地。DLRのLangdon
Parkという駅に降り立つ。この駅の先にはトレリックタワーと同じ設計思想で建てられたバルフロンタワー(Balfron Tower)というビルがある。トレリックタワーより5年早く完成した27階建ての集合住宅で、トレリックタワーにはまってしまったからにはこちらも撮りに行かないといけない。で、着いた場所は日本で言うところの高島平団地のような公団住宅が立ち並ぶ場所。すぐ横はA道路だし、歩いている人もまばら。こういうところは必ずしも治安がいいとは言い切れないところだが、まだ外は明るいし、突入してみる。それでも用心に越したことはないので買い物帰りのお年寄りやムスリムの女性が歩いている近くを選びつつ目的の場所まで向かうと、住宅が密集している地区の一番奥にそのビルは鎮座していた。
↑トレリックタワーそっくりですが、こちらがバルフロンタワー。住宅地の中に埋もれた傑作ビルです。
ひときわ高い建物の横に独立したエレベーターホール、確かにトレリックタワーと瓜二つである。しかし、周囲をそれなりに高い建物に囲まれているバルフロンタワーは近くでは他の建物の影に隠れてしまうことも多く被写体としてはいまいち。しかし、見上げるとロンドンシティ空港を離陸したばかりのアブロRJやエンブラエルERJが分厚い雲の上を頻繁に飛び交っている。これで天気がよければなかなか面白そうだ。まあ、人のうちですけどね、ここも。周りも全部人のうち、というのもトレリックタワーに比べて目立たない理由かも。一通り撮り続けたらまたしても雨が降り始めたので駅に戻る。
時計を見ると3時近く。もう1時間もすれば暗くなりはじめるころ、DLRに乗りながら次の目的地を考える。せっかくここまで来たのだ、やっておくべきことはやっておこう。ついてはロンドン都市交通をだいぶ乗りつぶしてきた中で残った最難関ともいえるゴスペルオーク−バーキング線(Gospel
Oak-Barking Line、略してGOBLine)というのに乗ってしまおう。これなら暗くなっても知らない道をさまようことも無い。ハマースミス&シティ線の終点であるバーキング(Barking)から走るオーバーグラウンドに組み込まれたこの路線はピーク時でも1時間に4本、普段は30分に一本という都市交通にあるまじきマイペースで走っている。しかも車両は非電化、2両編成ときたもんだ。心なしか乗っている人の柄も悪いような・・・(偏見)。単純にこの路線の雰囲気をあらわすとしたら「廃止寸前のローカル線」これに尽きると思う。終点のゴスペルオーク(Gospel
Oak)に向かうにつれ住宅が増えるが、ほとんど森の中である。時折貯水池も見えるし、駅のホームも相当に年季の入ったレンガ造りだ。比較的近郊でローカル線気分を楽しむにはいいが、間違っても観光客が使う線ではないよな。
↑ブレまくりですが、車窓からの眺めはこんな感じ。風景も駅も実にのどかなゴスペルオーク-バーキング線でした。
終点のゴスペルオークまで揺られて揺られて、オーバーグラウンドと地下鉄を乗り継ぎ乗り継ぎ何とか宿に帰りつきいったん身軽になってから最終日恒例のミュージカル鑑賞のためウエストエンドに向かう。これで5回目、毎回行く度にどんどんいい席になっていくのだがついに今回は最前列の席で見ることに。
こうなるともうこれはプロレスのリングサイドと同じで、全体の流れはつかみにくいが、出演者の息遣いまでリアルに感じ取れる席だ。ほぼ真正面でまるで自分のためだけにしているようなパフォーマンスもあれば、舞台のせり出しの時には歌っているキャストを後ろから眺めるというシーンもあり、実に貴重な体験をさせてもらった。
いつものように満員電車に揺られて宿に着く。隣のパブで飲みなおすか、と入るとさすがはTGIFカウンターでビール頼むのも一苦労、という感じだったのでおとなしく宿に戻る。なんかあっという間に過ぎてしまったなぁ・・・テレビをつけるとBBCは変わらず放送されていた。
翌朝は帰りの飛行機で通路側座席を確保するために早めにヒースローへ向かい、その甲斐あってキャビン最前列の通路側を取ることができた。搭乗時間までいつもどおり酒盛りをしてから、いざ搭乗。かなり足元が広い席だ。これに最前列はフットレストの代わりにスツールが用意されるので小柄な日本人なら体を伸ばした状態にもできるので結構快適。エンターテインメント用のコントローラーがコンソールごと外れていたのは大目に見ておこう。帰りもそこそこ眠ることができ、今回は時差ボケなしで東京に帰りついた。