IAN-Gの無謀旅日記
〜ヨーロッパ、ブラジル新婚旅行編、パリ〜
期間 2013年11月10日〜2013年11月12日
(行ってきた人、文、写真=IAN-G 同行者=かみさん)
↑とにかくパリ名物を片っ端から見て回ってきました。ピラミッドももちろんこのようにパチリ。
11月10日(日)
毎回成田までリムジンバスで行っていると一時間も経たずについてしまうのが当たり前だったのだが、今回はいきなりトラブルに見舞われた。かみさんの実家がある瑞江の駅で待ち合わせをして本八幡のから京成電車でゆっくり向かうことにしたのだが、京成の八幡駅で電車を待っている時に折も悪くも地震が来てしまった。東京都内震度4とそれなりの揺れでその時はいつもの通り「おーおー揺れとる」くらいの感じだったが、保安上の点検とやらでこの地震で電車がピッタリ止まってしまった。運転見合わせは30分ほどで終わったが、徐行運転でいつ成田に着くのかも皆目見当がつかない。ここから箱崎に戻るのもあり得なく、しばし途方に暮れてからしかたなくタクシーで成田まで行くことにした。高速道路の入り口近くで拾ったので思いのほかスイスイ進み当初の予定通りの時間に成田に到着。財布には少々厳しかったけど、”Time
is Money”である。いつもの通り雑用を済ませてから、有料でもぐりこんだラウンジで一杯やりつつ飛行機を待つ。
今回の旅程はまずパリに向かいユーロスターでロンドンに行き、ロンドンとサンパウロを往復し、最後はロンドンから東京に戻るというもの。行きと帰りで乗る場所が違うオープンジョーの航空券をあたったら、引っかかったのはANA。長距離路線は初めてだ。機体はB777ー300だったが、ひょいと覗いたビジネスクラスも旧式のライフラットシート、当然エコノミークラスも旧式のもの。まあ、中央席に座ってもらうかみさんには悪いが、いつもの中央左通路側なので少しはマシだろう。とにかく全部合わせて48時間飛行機に乗るのだから暇つぶしはいくらあっても足りない、iPhoneには音楽を、iPadにはポッドキャストと電子書籍をしこたま詰め込んでおいた。本は学生時代以来の再挑戦となる「春秋左氏伝」が3巻カバンの中に入っている。その上、さすがは日系航空会社、映画も日本語字幕完備ならビデオプログラムも日本のもの。これだけでも結構な暇つぶしになってくれた。まあ、あらかた見たいのは見てしまったから帰りが大変だろうが・・・ビデオを見て本を読み、酒を飲んで、途中細かく寝ていたらどうにかこうにかヨーロッパ上空。定刻通りにシャルル・ド・ゴール空港に到着した。
久しぶりの地面を踏みしめいざ入国。フランスへの入国は煩わしい入国カードの記入なんてのも無いので列は順調に進む。荷物も思ったよりも早く出てきたので一路パリ市内へ。宿は北駅のまん前なので電車でもいいのだが、この空港から北駅へ向かうRERのB線はあまりよろしくない地区も通るらしく、無用な心配はしたくないし、大荷物なのでタクシーで。なんか今日は一日タクシーの世話になってしまった。タクシーまで案内してくれるアンチャンに「Gare Du Nord」と精一杯のフランス語発音をして理解してもらったが、運転手のおっさんには同じように言ってもわかってくれない。ようやく理解したようで正しい発音をレクチャーしてくれたが何が違うのかまったくわからない。それほどこのオッサンの発音もきれいではないということだ。ちなみにこのくだりをネガティブ思考の人間に言わせると「なんか知らんが日本人のカップルが乗ってきたのでこいつの言いたいことは分かっているけどひとまず小馬鹿にしておこう。」ということになる。ただでさえフランスには過去2回の訪問で負けっぱなしなのでこの国の印象はさらにマイナスへと振れる
↑パリの宿は過去2回とも北駅の近く。メトロもRERも通り、便がいいので自分では使いやすいと思っているのです。
宿に着いたのは夕方の6時。空港に着いた時はまだまだ明るかったが、すっかり日も落ちてしまい北駅の周りはネオンサインがきらめいている。荷物を降ろし一休みして、晩飯へ。今日はもう疲れたのでやっぱり宿の近くで済ませることにする。ひととおりみてまわったが、宿の入り口の隣で大量の生カキを見つけ即決。カキと肉と赤ワインという疲れに効く三点セットいただく。腹もいっぱいにしたし、明日以降のことも考えて今日はこれでおしまい。平らなベッドに横になって寝ることの何と嬉きことよ。
11月11日(月)
いかに同行者が増えても旅の時間のリズムというのはなかなか変わらない。まだ真っ暗の6時には起きて日記を書く。まあ、朝酒はしないでおこう。7時になってかみさんも起きてきたので宿で朝飯。今回の宿はメルキュールホテルといわゆるチェーン系のホテルなのだが、パリというフィルターがかかるからなのか朝飯のレベルが高い。なんといってもバゲットがうまい!パンに関してはストライクゾーンの狭い自分だがこれはかなりいける。朝食をしっかり食べるかみさんも気に入ったようだ。たっぷり食べて行動開始。
パリで丸一日動けるのは今日しかないのでとにかく精力的に動くことにする。パリの観光コースをぐるっと一巡りである。 北駅から地下鉄に乗ってまずはシテ島から。今年で創建850年となるノートルダム寺院からスタート。最初にパリに来た4年前は右も左も分からず、この建物がなんであるかも知らないままとりあえず見て見ただけだったが、今回は中にも入って見た
。中は広く荘厳な空気に包まれている。祭壇やステンドグラスなど見るところも多い。中で記念メダルの自販機があったり、お土産やがあったりするのはこの際目をつぶろう。まずは最初の観光地をやっつけてやった。
↑ちょっと神々しく光が差し込むノートルダム寺院(修正していませんよ)。セーヌ川は今日も穏やか。
シテ島からシャトレまで歩いて今度は1号線でシャンゼリゼまで。通りはやはり人でいっぱいだったが少し違ったのは通りの車道部分がバリケードで封鎖されて道路の横断ができなくなっていた。それだけではない。車も通っていない。それでも意に介せず凱旋門目指して歩いていたら直前のところで歩道まで封鎖されている。警察官の数も尋常ではない。ようやくここで何かがいつもと違うと思い何かの記念日なのかとガイドブックをパラパラとやっていたら、今日はどうやら第一次世界大戦休戦記念日とやらで休日のようだ。地下鉄に通勤客が少なかったのはこのためか。凱旋門のあるエトワール広場で記念式典があるらしくそのための交通封鎖だったのだ。遠くからラ・マルセイエーズが流れ、騎馬隊や白バイ隊が列をなして更新してくる。式典にはオランド大統領を始め各国の賓客が参列している。なるほどこれならシャンゼリゼほどの大通りも封鎖されて叱るべきである。結局凱旋門は遠巻に、それと横から見て次の目的地へ。
↑こんなに人が映りこまない凱旋門の写真はある意味貴重かも。シャンゼリゼ通りは大変な人ごみでしたけど。
6号線が地上に出るとセーヌ川からエッフェル塔が見える。パリのもう一つの名物エッフェル塔である。周辺は公園になっていてお土産屋がそこかしこにある。今日は天気予報に反していい天気だったので登る人たちでごったがえしていた。あいにく二人して高いところが苦手なのでしたからの風景だけをカメラに収めこれで午前の予定は終了。RERでルーブル宮の対岸、オルセー美術館駅まで戻りここで昼飯。二人だと飯屋に入るのも気が楽だ。MONACOという宇津子ども風邪シロップのような味のするビールを飲んで体力も少し回復。
午後はそのルーブルから。ピラミッドのは相変わらず人でいっぱいだが美術館はそれほどの混雑ではなかった。チケットもクレジットカードがあれば自動券売機で買えたし、「入るのだけで大変、」というイメージはめでたく払拭された。時間は約2時間。これだけは見ておかねばなるまいモナリザとミロのビーナスとナポレオンの戴冠式を回った後はさっと流すように見て行く。じっくり見ていたのでは時間がいくらあっても足りない。それでも芸術品に囲まれるというのはそれだけで楽しい。後ろ髪引かれつつもキリのいいところで美術館を後にして午後4時、日も傾き、雲も少し出てきた頃、モンマルトルについた。
オシャレな大都市、パリにおいて下町と言える数少ない地区である。東京の下町の人間だからどこか共鳴するところがあるのだろう、パリで一番行きたい地区だったのだが、最初に来た時は風邪でダウンして行けなかったのだ。まずは急な階段をのぼりサクレクール寺院まで。寺院の建物もすごいが、やっぱり丘から見下ろすパリの街が壮観である。世界中の観光客が立ち並ぶ光景も上から見るとこれまた壮観である。観光客相手の大道芸人もいてなかなか飽きないところである。石段をおり切ったところにいる強引な客引きには辟易するが。
↑夕闇に染まるサクレ・クール寺院。後ろを向けば観光客だらけ。
街が暗くなりつつある中引き続きモンマルトルの街を探険する。坂道に建ち並ぶ商店はどこもセンスがよく、やはりここもパリ、とうなってしまうオシャレっぷりである。しかし、小さな個人商店が多くありのままなところがしっかりと下町たらしめているのだ。カフェでビールを飲んでから晩飯。店先のメニューで即決したグルヌイユ、つまりカエルを濁りが残るサイダー、いやフランスだからシードルか。とともに食べる。これで腹一杯になってめでたしめでたし、とはまだ行かない。これからがメインイベントなのだ。
↑モンマルトルはパリの中では数少ない波長が合う街。観光地だけど観光地らしくない・・・って言うんですかねぇ。
モンマルトルはナイトスポットとしても有名だが、かみさんの希望でフランスを代表するキャバレー、「ムーランルージュ」でショーを見るのだ。チケットは事前にネットで予約しておいた。代金にはシャンパンのハーフボトルが含まれているのでそれを飲みながらショーを楽しめると思ったが、席はかなりすし詰め。通路側の席で後ろに人がいなかったのが幸いだったが、これでは優雅に、というのは少々難しい。しかし、ショーが始まればそんなことも忘れて思う存分楽しませてもらった。ショーの構成もダンスはもちろん、色ものでアクロバットにジャグリング、腹話術も楽しめ、伝統のフレンチカンカンは見事な完成度。とてもいい夢を見させてもらった。ショーが終わって席を立つとすぐさまスタッフがテーブルを片付けあっとゆう間に次のショーのお客さんを誘導していた。手馴れたものである。ここでもここの歴史の積み重ねを感じることができた。宿に戻ったのは12時過ぎ。シャワーを浴びて速攻で寝てしまった。
↑夜の帳が下りるころ、一段とその存在感を増す赤い風車。宴はこれから。
11月12日(火)
昨日は寝たのが遅かったが、結局起きたのはいつもと同じ朝の6時。今朝のパリは厚い雲に覆われてどんよりとしている。連休も明けて街はようやく通常営業になったようだ。今日のフライトの事前チェックインをして、朝飯を食べ、宿をチェックアウトする。荷物だけ宿に預けて少し外出。どんより曇り空は実際外に出てみると雨が降っていた。服も濡れないほどのごくごく微弱な雨だ。
そんな中まず向かったのは常設市場があるアリーグル。市場好きとして市場というものですらオシャレにしてしまうパリのマルシェというものに興味があるのだ。小雨の中メトロを出てしばらく歩くと見るからに市場だと思われる建物とそれを囲むように青空屋台が並んでいる。メインに売られているのは主に野菜。日本ではなかなかお目にかかれないアーティチョークやフェンネル、牛の心臓とあだ名されるシワシワのトマトも見つけた。屋内市場ではチーズ屋、ワイン屋、肉屋が多い。ジビエもあって、うずらなんかは首がついたまま羽根だけむしられてディスプレイされているし、ラパン、つまりウサギなんかも捌かれた状態で飾られている。こんなモロな光景もオシャレに映ってしまうのがやはりパリである。
↑フランスは農業国なので食べ物は豊富。しかし野菜までオシャレにしてしまうのがフレンチ・マジック。
まだ少し時間が残っていたのでバスチーユ広場からマレ地区を歩いてちょうどお昼。宿で荷物を受け取り向かいの北駅へ。ブラジルへ向かうための第一歩としてまずはユーロスターでロンドンまで行くのだ。
↑やっぱりパリからセントパンクラス駅に着くと安心感があります。
チケットは準備万端。問題のイミグレーションもあまり怪しまれることもなく通過。列車に乗り込み動き出すとフランス国内はどこまでも濃い霧がかかっていて視界が悪い。こんなんでロンドンは一体どうなることやら、と心配しつつ英仏海峡トンネルを渡る。当然ここでビール。つまみはオリーブとチョリソーとマンチェゴチーズのセット。なぜこうなるのだろうか、と思うほどオリーブがしょっぱい。ビール一本で済む塩辛さではないが後々のことを考えてここは我慢。UKにつくと雲は多いもののところどころ陽が差しているところもある。2時間ちょっとの旅は無事終わりセントパンクラス駅に到着。まずはレフトラゲッジに荷物を預けて地下鉄でカムデンヘ。セントパンクラスから地下鉄ですぐ行けて気軽に昼飯が食べられるところということでここにしたわけだ。カムデンロックの屋台でタコス(かみさんは中華の焼きそば)を食べてひとまず腹を落ち着かせてからパブでリアルエール。しかし、悲しいかなここまでの旅の疲れからなのか一杯飲んだだけですぐに眠くなってきてしまった。いつもの一人旅ではないから緊張感も違うのだろう。
↑カムデンはオシャレのベクトルがパリとは違うので違和感無く歩けます。
休憩したらちょうど日も暮れてきたのでパディントンまで行きそのままヒースローエキスプレスで空港へ。漆黒の闇の中にトレリックタワーのエレベーターホールの明かりが浮かび上がる。夜のヒースローはそこそこの人出。早目に出国。晩飯を食べてからいざ機内へ。BAのサンパウロ行きの便の機材は前回と同じでジャンボ。中央4席を贅沢に2人で使えた。4発機特有のけたたましいエンジン音を奏でつつジャンボは大西洋を南に向かった。